羽田登喜男の中古はどれくらいで売れる?

ネットでの羽田登喜男の着物、落札相場は29.5万円前後

ヤフオク!などのネットにおいて、羽田登喜男の着物は、最高級の訪問着で29.5万円という落札価格がついたことがあります。ですが、買うときはその何倍もの値段を出して買った着物です。
できれば高値で売りたいですよね。

1911年に生まれて2008年に亡くなった羽田登喜男ですので、もう新しい着物は手に入りません。すべて中古でのリサイクル品になります。そのため、状態がキレイであることが重要です。

羽田登喜男の着物の魅力とは!?

羽田登喜男は、前述の通り、1911年に石川県金沢市で生まれました。
生家は着物には関係なく、造園師の家庭だったことが伝えられています。

14歳の時、金沢市にある南野耕月師の元に入門しました。そこで、加賀友禅の基礎を学びました。
1931年、20歳のときには、京都にわたり、曲子光峰師に入門し、今度は京友禅の世界に足を踏み入れました。

26歳で修行を無事に終えた羽田登喜男は、独立し、上京区に工房をかまえることにしました。それからの活躍は非常にめざましく、友禅の世界で第一人者となりました。

65歳のときに藍綬褒章を受賞し、68歳のときには紺綬褒章を受賞しています。
さらに、77歳のときに、ついには友禅の重要無形文化財保持者として、人間国宝に認定されたのです。また、勲四等瑞宝章なども受勲しています。

主に京都の庭園に美を見出し、自然を深く好み、花鳥風月をテーマに友禅の世界を発展させました。

おしどりの文様での評価が高く、また、人気があります。
自然の世界に存在している草花を、りっぱな文様に仕上げることでも知られています。

京友禅と加賀友禅、どちらの世界にも知識と経験がありますので、それらを融合させた独特の世界観が魅力です。

ダイアナ妃に京都を代表して着物が贈られるなど、国内外を問わず活躍した友禅作家です。96歳まで活動を続けたのですが、ついに高齢のため、活動を引退することとなります。
その翌年、敗血症によって亡くなりました。
96歳の高齢になるまで作家活動を続けた稀有な作家です。

意匠から仕上げまで、すべて一気貫通して作業されており、独特の文様と色使いでオリジナリティあふれる伝統美を生み出しています。

羽田登喜男の作る着物は、京友禅と加賀友禅を融合させ、伝統美を独創性に昇華させています。加賀友禅とは、写生をベースとした写実的で濃厚な色彩が特徴です。京友禅の方は洗練されカラフルで優美な着物です。

羽田登喜男は、作業工程も加賀友禅と京友禅を融合させています。一貫性を持ちつつも、高い技術を織り込んで、日々精進していったものです。地染めを繰り返し、奥の深い表現が可能となりました。

工程を繰り返して、染めていきます。手間ひまかけて、細部まで気配りして、仕上げていきます。十分に愛情を込めたものだけが、美しい着物に仕上がるのです。

詳細に至るまで心を込められたものは、工芸品として一流の仕上がりです。
全行程を一貫して、納得がいくまで作り上げています。そして、現在では意思を受け継ぐ工房が残り、お客さまの要望にも、羽田工房として応え続けています。

羽田登喜男の着物を高く売るコツ

羽田工房は現役ですが、羽田登喜男はすでに亡くなっています。そのため、羽田登喜男その人が作った作品は、今はもうリサイクルでしか手に入りません。希少価値があります。

ゴミやホコリをはらって、できる限り保存状態を良くして、着物買取業者に依頼しましょう。着物買取業者では、羽田登喜男の価値をわかってくれて、ネットよりもはるかに高値で買い取ってくれます。
その後催事に流すので、結果として価値の分かる人に、羽田登喜男の着物が継承されていきます。
ぜひ着物買取店に見積もりを依頼しましょう。


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