龍村平蔵の中古はどれくらいで売れる?

龍村平蔵の着物の中古価格は、ネットオークションでは87,000円程度

古代裂の復元にも携わっている龍村平蔵の着物を売りたい時、相場がどのくらいになるか気になる方も多いでしょう。
龍村平蔵の作品は帯が中心ですが、ネットオークションを見てみると帯の買取相場は87,000円程度となっています。

この結果からネットオークションでもなかなかの高額買取を見込めますが、これはあくまでもネットオークションでの相場なので、買取市場の正当な相場とは言えません。

龍村平蔵の着物の特徴

龍村平蔵は日本を代表する染織研究家で、2017年時点では4代まで存在しています。

初代は明治9年に大阪で生まれ、幼い頃から茶道や茶道、謡、仕舞、俳句とたくさんの文芸美術を嗜んでいました。
特に俳句のセンスに優れ、府立大阪商業学校(現在は大阪市立大学)の入学時点で、雪葩(せっぱ)という俳号で詠んでいたそうです。

そんな龍村平蔵が16歳の頃、両替商平野屋を営む祖父の平野屋平兵衛が亡くなり、家業の傾きをきっかけに学校を退学し、京都(西陣)で呉服商の道を歩み始めました。

その当時は販売業に勤しむものの、織物技術の研究に興味を示し、明治27年にわずか18歳の歳で織元へ独立したのです。
独立後も商売は拡大傾向をみせ、30代で高浪織や纐纈織といった数々の織技法で特許を取得し、この2つが現在でも人気の織物になります。

ジャカード機の普及に伴い西陣織でも機械化が進みはじめた頃、龍村平蔵は豊かな感性を持つ若手デザイナーを近くの美術工芸大学から起用しはじめたのです。

龍村平蔵は織物の技術と同時に、図案の善し悪しが重要になると考えから、若手デザイナーの起用に踏み切りました。
この出来事は織物業界では前代未聞なことでしたが、若手デザイナーの力により高レベルな図案が数々生み出されたのです。

起用したデザイナーの中には堂本印象画伯など、近代で活躍を見せた芸術家がたくさん輩出されています。

このような画期的な発想により龍村平蔵の織物は世に認知されはじめましたが、苦労して開発された織技法を同業者が模倣しはじめたのです。
そのような状況でも龍村平蔵は屈することなく、染織の歴史や古代裂に関する研究が創造のカギになると考え、古代裂を復元する研究をはじめ、これが復元の第一人者の原点となりました。

龍村平蔵は法隆寺や正倉院をはじめ、日本各地の伝統的な織物を数々復元しました。
今まで織物は経糸と緯糸で構成され、理屈で割り切ることが可能な偶数の世界と認識していた龍村平蔵ですが、古代裂の研究により美の要素を取り入れ、芸術的な完成につなげたようです。

大正8年には研究成果を生かした作品で初個展を開き、当時から交友が深い芥川龍之介も彼の作品を絶賛していました。

また、東京美術学校(現在は東京藝術大学)の校長を務めていた正木直彦、洋画家の黒田清輝などが設立した織寳会の依頼で、70種類の宝物の復元も手掛けました。

さらに戦後はアメリカで巡回展を行い、海外の有名デザイナーからの依頼で生地を制作するなど世界でも注目を得ることができました。
染織業界であらゆる功績を残したことで、昭和31年に80歳で日本芸術院恩賜賞を受賞しました。

龍村平蔵が手掛けた織物はまるで絵画のような美しさを兼ね備えており、それは現在でもしっかり受け継がれ、人気や価値の高い作品を数々展開しています。

龍村平蔵の着物を高値で売るコツ

日本の染織貢献で数々の功績を残す龍村平蔵の作品は、帯であっても高額買取が望めます。
証紙があれば、さらに査定額もアップするので査定の際はしっかり確認しましょう。
なお、査定は着物専門の買取業者がおすすめです。

一般的な中古買取業者でも査定や買取は可能ですが、着物専門買取業者は着物や和装小物に関する知識が豊富で、龍村平蔵の作品も正確な査定額を提示してくれます。
シミやシワがある、古くて売れない着物も買取対象にしているところも多いので、売れないという心配もほとんどありません。

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